2003年5月

1日 小阪登場(2002)
エアコンの工事日も決まり、それに向けて部屋の荷物整理を続ける。 調理器具や食器などは基本的に大学院進学後はずっと使わずに 段ボールの中にひっそりと収納してあったものであり、 取り出してみるとまたそれはそれでいろいろと昔のことを思い出したり してしまうのである。作業は進まない。
2日 マウス購入(2002)
暑くなりそうな日なので、学生は休みであるが学校へ。 先日気が付いた長尾駅と大学の間の携帯電話電波圏外地帯の 存在を再び確認する。思ったより田舎な場所を歩いている らしい。まあ、パナ波が届くよりはいいだろう。

学生はお休みであるが、本日は平日。 大学では事務職員の方々が忙しそうに仕事をしていた。 学生がいないときにしか出来ない仕事も確かにある。

近鉄1-7日ハム(大学にて帰宅準備中)、 近鉄5-7日ハム(長尾駅のケーブルテレビ宣伝用モニタにて確認)、 近鉄9-8日ハム:あと1アウトで近鉄勝利(食事後の帰宅時)、 近鉄9-10日ハム:連続ホームラン(帰宅後5分)、 近鉄10-10日ハム:2死からローズ同点ソロで延長突入(帰宅後10分)、 近鉄11X-10日ハム:ローズサヨナラ弾(帰宅後40分)。 相変わらずこういう試合である。

子ども(小学生?)のなりたい職業調査において、男の子のなりたい 職業の1位が学者になったらしい(調査史上初)。 是非頑張ってください。途中の路線変更も十分可能です。 数年前になりたい職業が大工と答えていた子どもたちが そろそろ大学生になろうかというころだと思う。 1回生あたりを捕まえて少し当時の子どもたちの 考えを聞いてみることにする。

3日 造形学生と飲む(2001)
本日は待望のエアコン設置工事日。昼前には来てくれたので、 一番暑い時間帯に間に合ったのは幸いであった。荷物整理も ようやく終了し、人が住んでいるように見える部屋になった。

Webを良く見ているわりにはブラウザへのこだわりというものが なく、Macintoshなどを使っているわりには普通にIE5.1などを 使っている。ところが最近少し勉強しようかと考えている XMLにこのMacOSX対応IE5.1が対応しておらず、午後はいろいろ とブラウザを試してみることになった。結局XML学習のためには Mozillaがよいという結論に達したので、しばらくはこれで やってみようと思う。

今日も0-9から追い付いた野球の試合があったようで、 いくらなんでも荒れすぎではないかという気がしてならない。 現在の12チームのチーム防御率が昨シーズンに比べて あまりにもひどい。昨年のパ・リーグはチーム防御率最下位の 近鉄ですら3.93であり、全チームが3点台。セ・リーグにしても 4点台のチームが2チームあったものの、リーグ平均としては 3.58というものであった。ストライクゾーンの拡大によって 防御率がよくなったと総括されたのが昨シーズンだった。 現在セ・リーグの首位を快走する阪神にしてもチーム防御率は 3.82、昨年の阪神のチーム防御率は3.41であり、去年より悪い。 ところがセ・リーグの他の5チームは全て防御率が4点台。 パ・リーグにしても福岡のみ3.15(ここ2年の獲得新人が優秀) で、あとは4点台。あまりテレビで映像を見ることはないが、 実はストライクゾーンがいつの間にか元に戻っていたりするのでは ないかと勘ぐりたくなるのであった。(元に戻すという話ありましたっけ?)

そんなこともあって少しテレビで野球を見てみると、またしても 打撃戦。投手も高めの"新ストライクゾーン2002"を使っていない ように見えたので、ゾーンがどうなっているのかはよく分からず。 ひとつだけ面白かったのは日本テレビのアナウンサーのレポート に「今日は今シーズン一番の入りです」という報告があったこと。 一応公式発表は全試合超満員ということになっているので、 一番もなにもないはずなのだが、本当に満員だったのでついつい 報告してしまったのであろう。

J-PHONEのサイトでエリアを確認してみたところ、枚方市はさすがに 全域エリア内であった(京田辺市あたりだとエリア外地帯がある)。 ということで例の通勤路での圏外地帯の存在が気になりだしてきた。

4日 長尾が遊びに来る(2002)
新田辺駅の書店において、女性3人組が本日の 京都日帰り旅行の計画を立てている。 本や雑誌を見ながら打ち合せるもなかなかまとまりそうにない。 ここであれこれ話しをするくらいなら、京都に行ってから考えようという 人もあれば、完全にコースを決めてからでないと 出発したくないという人、話すのが面倒なのでもう どこでもいいから寺に行こうという人がおり、 結局どうなったのか少し気になっている。 その3人で見ている本を買って電車にのり、 丹波橋に着くまでにコースを決定するのがベストであると 考えたが、さすがに提案するほどおせっかいではない。

携帯はまたしてもいつもの場所で圏外となったが、その圏外となる 範囲はかなり狭い。ゾーンの切れ目みたいなものなのか、何か妨害 するものが周囲にあるのか謎である。

今回の連休はやる気に水を差すような時期であまり嬉しくない。 特に疲れてもいないので休むのももったいないものである。

5日 おかしな漢字変換に悩む(2002)
本日は30度を超える日であったらしいが、エアコンが投入された今と なっては家にいるかぎりどうということはない。 家に長時間いることが可能になったものの、 ここ数年間家には睡眠とテレビくらいしか用がなかったため、 食事や作業をするための道具がない。 学部生のころは大人数がおしかけてきても大丈夫なくらいの 準備が下宿に整えられていたのだが、 院生になり生活スタイルが変わり、 接客用の道具は次第に研究室に輸送されていったのである。

住むにはあまりに不便な状況を打開すべく、 暑い中を買物に出かける。包丁・まな板などの基本的なものを 手に入れ、久しぶりに包丁を使わなければ食べることの出来ない 食材も購入。さらにこれまで壁にもたれかかって作業をしていた 状況を改善するために座椅子も購入。かなり住みやすくなった。 夜は久しぶり(10年振りくらいか?)に家で包丁を握る。 包丁自体は生協食堂バイトで握っていたので、包丁自体 を握るのが久しぶりというわけではなかったが、 1回生の頃を思い出した。

本日は西京極で京都vs仙台があり、観戦に行くという手もあった のだが、生放送があるということもあり、自宅視聴にする。 試合は両チームのこれまでの成績(京都1勝のみ・仙台1敗のみ) は逆なのではないかという展開で進行する。しかし京都は点が とれない。最近の負けパターンにはまるかと思った前半終了間際に 先取点を奪って、負けパターンから脱出。後半は両チーム得点なく 京都1-0仙台で終了。連敗脱出でほっとする。 そうはいってもチームの鍵となる2枚が欠場中であることや、 この展開で1点しかとれなかったことなど、まだまだ不安は 大きい。

6日 なぜか徹夜で翌日準備(2002)
やはり平日はいい。楽しくしようとする努力をする必要がなく 自動的に楽しい。

本日は出講日。いつもより遅く出勤していつもより早く帰宅する(せざるをえない) 日である。とはいえ、移動距離・移動時間は長く、家を出てしまえば 無駄に出来る時間がないのが火曜日の特徴と言える。

彦根での授業は、今もっとも手のかからない授業である。 プログラミングであり、これまでの経験から、全員がコンパイル して実行できるようになるまで結構時間がかかるものであると 考えていた。ところがここではこれといった質問や文句もなく 皆がサンプルプログラムは苦もなくこなしてく。もちろん 自分で指示通りのプログラムを作る練習問題には苦戦しているが、 例題をとりあえず実行出来るだけでもこちらとしては驚きである。 これまで私が教えてきたところのパターンは、例題のプログラムを打ち込んで コンパイルする→エラーとなる→私は間違えていない→ コンピュータがおかしい→とりあえず先生に苦情を言う、であった。 ところが、彦根の学生たちはエラーが人間のせいであるという考え方が 浸透しているようで、自分でタイプミスを探したり、周囲の人の タイプミスを探してあげたりしているのである。 工学部の学生であるということが、このコンピュータへの高い信頼度 に関係があるのかどうかということが少し気になっている。

彦根で3時限目の授業をしてから次なる場所への移動は4時限目の 間に行われる。もし事故や道路の渋滞などがあると、次の場所での 5時限目の授業に30分遅刻してしまうというちょっとしたリスクがある。 予定通りの電車に乗ったとしても京都駅からはタクシー利用となり、 学校にタクシーで乗り付けるという荒技を使っている。 自費なのがやや悲しい。タクシーから降りるところは実態に反して 妙に偉そうなので、学生には見られたくないものである。

京大を離れてから比較的自由に使えるデジカメが近くにないので、 購入することにした。使う場所が100m四方程度の大きさの建物の 周囲から中央付近を撮影することが多いだろうとの判断から 光学ズームに拘って購入する。

デジカメ購入後、地下食品売場をうろつく。うまい具合にいろんな ものが半額になる時間となり、夕食を比較的豪華に安くあげることが出来た。 これからもこのパターンで行くことに決める。

7日 談話会発表(2001)
本日よりゼミが本格的にスタートとなる。これまでは全クラス合同の授業であった。 とにかく学生の顔と名前を一致させなくては話にならない。非常勤先では あまり一致させないようにしてきたので、覚え方を忘れてしまった。 20人程度なら3週くらい出席をとれば大丈夫なはずだったのだが、 今回は自信がない。昨日慌ててデジカメを購入した目的の一つが、 学生を写真にとって顔と名前の一致を早くするというものであった。 名前を記した紙を持った状態で一人ずつ撮影する。ゼミ終了後に 復習をして、欠席者以外の顔と名前を一致させることが出来た。 結構多くの先生がやっている手らしい。

せっかくデジカメを購入したので、現在の私の仕事先の部屋の様子でも 撮ることにする。現在の部屋の入口の様子 はこんな感じである。あまりに殺風景だったので、現在は「北野をどり」 のポスターが貼ってある。ごく一部に好評で、お持ち帰り用に用意した 縮小版のポスターを取っていく教職員が数人。ドアを叩いて詳しい話 を聞きにきた教職員が2名いた。本来ならば、なにかシンポジウムか学会 のポスターを貼りたいところである。その左に貼ってあるのは iEARN国際会議 のパンフレットである。中学高校の先生および生徒の国際交流を 目的とした会議である。ドアを開ける とこんな感じである。部屋の一番奥の机のところに入口の方を向いて 普段は座っている。目線を上げて 机の上を視野から外した視界はこんな感じで、 机の上および横から見た机の様子は このようにノートパソコンとデスクトップが合計4台並んでいる状態である。 本棚はまだ余裕があるが、 ADFのついたスキャナがないので、足りなくなる日もそう遠い話ではない。

8日 無職から一歩前進(2001)
いつもの時間に出発しようとするも、家のドアを開けると 中に雨が入り込んでくるような状況。雷まで鳴っている始末で、 出発を遅くしてみる。授業が午後からなのは幸いであった。

2回生のゼミは本日より本格的にスタートである。これまでは全クラス合同 の授業であった。さてどんなものかなと教室に入ると、出席率が50%以下 という非常に悲しい状態。今朝の雨のせいであると信じたい。 久しぶりに悲しい平日であった。

9日 ホワイトボードにタイプ連習なる言葉を書く(2002)
昨年の今日は漢字間違いをしたようだが、本日はホワイトボードに (2+8)/2=6なる式を書いてしまった。こういうことをする特異日なの かもしれない。

本日から1回生のゼミ学生との面談がスタートした。これからしばらくの 間は毎週3人の1回生と1人あたり30分ほど話をすることになる。 こういう作業が仕事の一環であるというのが嬉しいところである。

作業などをしていたら帰りはやや遅くなり、結局終電となる。 とはいっても家に帰りついたのは日付けが変わる前であり、 遅いということもない。どうにも近鉄の終電は早すぎる。 近鉄の終電で丹波橋に到着した場合、そこから京阪の出町柳行きの特急 に乗ることが出来るくらいである。もう少し遅くまであってもいいように 思うのだが、現在の終電も乗客数は非常に少なく、酔っ払いも少なく 静かであり、都会の終電とは思えないくらいである。 これより遅い電車を望む客はほとんどいないのだろう。

10日 母方の祖父母がテレビに映る(2002)母親も実は一瞬だけ映っていた(2002)
本日は出講日。2回生対象のワープロの演習であるが、 1回生の授業におけるワープロ習熟度が、クラスごとにかなりばらつきが あるのが問題である。本日のアンケートにも 「今日は全て初めて知ったことばかりで大変でした」というものから 「一つを除いて全て知っていました」というものまである。

翌日大学で停電があるようなのだが、共用の計算機のシャットダウンなどを するような動きがない。私には出来ないので放置して帰宅したが、 誰かやってくれたのか気になるところではある。

11日 ビール定食で過ごす(2002)
梅田で研究集会。3DCGソフトを用いた授業の実践報告をする。 春のシンポジウムと同じ話なので2度聞いた人にはやや申し訳ない。

帰宅して京都vs磐田を疑似生放送で楽しむ予定であったが、 帰路において「磐田強い」などという会話がどこからともなく 聞こえてきてかなり見る気が失せる。前半のみ視聴。人が揃うまでは我慢しかないのか。

12日 ナビスコカップ京都1-2G大阪(2002)京大3-41立命(2001)
教室にて冷房が稼働していることを確認。 連休も終わり、25度を超える暑い日が続くことを考えると当然ともいえる。 授業終了後、メールボックスをのぞくと、「本日冷房試運転」という プリントがありぬか喜びに終わる。それどころか 「6月22日より稼働」というあまりにもつらいお知らせもあり、 しばし呆然とするのであった。

サンガサッカー(エンゲルスのサッカー)の支持者であるサッカー解説者、 湯浅健二の サッカーサイトなどを見るかぎりでは、決して京都の方向性は間違っていない との話もあり、多少安心する。あのような大差になると、もう何にすがってよいのか 分からなくなってしまいがちであり、このような評論は本当に有り難い。 とはいっても結構試合数も消化しているので、 いつまでもこのままでいいわけもない。

明日の出先に必要な資料をプリントアウトしてから帰宅という手順となるも、 印刷設定を間違えてやりなおしとなり、 終電に乗るためにひたすら走らなくてはいけないことになってしまう。 家にもプリンタをおく必要性を痛感。

ホームラン量産で近鉄首位という楽しいニュースがある一方で、 千代大海の横綱昇進などが話題になっている。 これが腹立たしい。 千代大海は優勝しても横綱にしてはいけない。 陥落させることの出来る大関は数字的な基準を満たしたら 何人量産してもかまわないが、2場所連続優勝したら誰でも 横綱は止めるべき(陥落有りなら2場所連続優勝で横綱は可)。 1月が全休で、11月が6勝3敗6休、9月が10勝5敗、7月の14勝1敗はいいとして、 5月が11勝4敗。これを横綱にしてはいけない。 実は、相撲協会が千代大海嫌いで、横綱にしておいて 引退を余儀なくさせるというプランなのではないかと 考えてしまう。あるいは、協会も優勝したところで横綱 にするつもりはないのだが、話題もないのでマスコミの報道 を放置しているのかもしれない。ただ、かつては場所前に きちんとそういった空騒ぎはないように、協会(横審)の見解を 発表していたわけで、やはり千代大海の昇進話題が紙面を飾ること に違和感を覚えるのである。

13日 丸山茂樹が米ツアーで勝利(2002)
プリンタを購入。 ノートパソコンは毎日持ち歩いており、 特に意識することなく毎日家に持ち帰っているので、 ほとんどの仕事が家でも可能になった。 これで作業中に読みたい書籍が鞄の中に入りきる量に なった時点で帰宅可能ということになる。

日々、近鉄とJRで通勤している。京大時代は電車といえば 京阪(時々阪急)であり、近鉄などほとんど乗ったことはない。 近鉄を利用し始めてまず感じたことは、自動改札の処理速度の速さであった。 自動改札を通過するとき、京阪では手を後ろに伸ばして出てきた カードを取ることになるのだが、近鉄では真横で取ることになったのである。 「京阪の自動改札の処理は遅い」と結論づけていたのだが、実はこれが間違い であることを本日、丹波橋から京都駅に向かうときに理解した。 単に定期券の方がKカード(スルっと関西)よりも処理が 速かったというだけのことであった。考えてみれば、 定期券は印字する必要がなく、その分速いのは当たり前のことである。 これまで京阪の自動改札は9割方Kカードでの利用であったので、 誤解していたのである。少し馬鹿にしていた京阪の自動改札機に謝りたい。

京都サンガの松井大輔が日本代表予備登録メンバー入りというひとまず嬉しいニュースもあった。

14日 久しぶりに宇宙研へ(2001)
各種団体に対して住所変更および所属変更の手続きをしていなかったため、 勤務先にも家にも郵便物が転送されてやってくることが多い。 京大からの転送物の中には居酒屋の宣伝などもあり、 何でも転送しておこうという方針であることを確認する。

通常よりも早い時間の帰宅となる。帰路において開いている店が 多く、まるで別の町を歩いているかのようであった。 新田辺の駅も書店や売店や飲食店があいており、電車待ちの時間の 過ごし方もいろいろ選択肢が多い。コンビニで缶ビール以外の 過ごし方もありだろう。

15日 宇宙研のゼミに参加(2001)
通勤定期の買い方について、今さらながら良い手が思い浮かんでしまい、 どうしてもっと早く思い付かなかったのかと大後悔。丹波橋−新田辺の 定期券を京都ー新田辺にしても、その差額を十分使い切れるくらい京都駅 を利用しているということを計算してしまったからである。 自宅住所最寄り駅からしか買うことの出来ない通学定期の感覚しか 頭になかったのが敗因である。

2回生のゼミは先週よりも人数増加。先週はやはり豪雨の影響が大きかった。 それにしても静かなクラスである。もう少し元気さが欲しい(私語などはない のだが、、、)。

16日 休講告知で歓喜の声があがる(2002)
「巨人の新人久保」というような文字がスポーツ新聞にあるのだが、 "新大久保"という名字かと思い、少し悩んでしまった。 新大久保とは東京の駅名のひとつであり、もちろん「新」+「大久保」 なのであるが、子供の頃はその仕組みが分らないので「新大久保」で ひとつの言葉として頭の中にあった。今でもその影響があり、 さらに見間違いも加わって混乱してしまったのである。 子供のときに複合語だということを知らずに覚えてしまった言葉 は今でも分割不可能である。例えば「東海大相模」「東洋大姫路」 は私の頭では「東海大」+「相模」や「東洋大」+「姫路」では なく「東海大相模」であり「東洋大姫路」なのである。 一方で東海大山形や東海大甲府などは明らかに頭の中で分割されている。 東海大相模が東海大の高校であると知ったのは高校生くらいのころで あったかも知れない。

実際に”新大久保”という名字の人はいるのか多少気になるところではある。

17日 W杯代表メンバーが発表(2002)
授業終了後、長居球技場へ。関西学生アメリカンフットボール神戸vs同志社を観戦後、 京大vs関学を観戦。京大20-24関学。関学は攻撃1プレー目でTDなど大技連発。 京大攻撃陣は中央のランを軸にじわじわ反撃。京大20-17関学と一時はリードを奪うも、 大技一発で逆転。こちらの攻撃も進ませてくれる”接待アメフト”説や”プロレス試合”説も 流れたが、実際のところは立命館連覇濃厚を予感させる両校の現在の状態がそのままあらわれた 試合だったのだろうということで周囲の意見は一致した。春らしい楽しい試合であった。

京都2-5東京Vということらしいが、一体何がどうなっているのか、、、

18日 間違いメールが迷い込む(2001)
ラグビー日本代表が米国代表に27-69で敗れるというニュースがあった。 このままいくと、今年が終わったころにはラグビーW杯はなかったことに なるのではないかと心配になる。

家で過ごす暑い日曜日、ビール定食連発。家での過ごし方は、まだどことなく 板に付いていない。家での過ごし方が今年度の課題です。

19日 京大7-36関学(2002)
予定していたイベントが一つ延期となり、京大方面へ遊びにいく。 新年度になってからまだ飲みにいっていない人たちと飲みにいく。 これで主要メンバーと一通り飲んだことになる。 研究室情報を聞く限りでは、未解決問題は未解決のままながらも うまいことやっているようであるので、静かに見守っていこうというかというところである。

夜にある役の依頼が来たので引き受けることにする。

20日 日中最高気温31.5度にやられる(2001)
彦根と京都への出講日。大学到着時に突然携帯MP3プレーヤーのヘッドホンから 異常音が発生して再生不可能となる。毎日ほぼ2時間という 十分想定される使用量でこんなことになるのは困りものである。 それはさておき、夕方の数学の授業ではアンケートに「最近の他の授業において数学の 知識不足で困ったことがあれば記してください」という欄があるのだが、 そこにはアルゴリズムの授業に関する質問が常に書き込まれる。 「ソートや探索が分からないのは、数学が分からないからだ」 と考える学生が多い。その一方で、「数学とは関係ないかも知れませんが 標準偏差が分かりませんでした」という記入もあり、どちらかといえば 標準偏差の方が数学と関係が深いような気がして妙な印象を受けるのであった。 ただ、基本的には数字が出てくることで分からないことがあれば 全て数学のせいと認識する傾向がある。 そんな中、本日のアンケート用紙の同欄には 「アルゴリズム科目が難しいのは、数学を知らないからではなくて、 その科目が難しいからということを最近分かりました」というものが あった。他科目との連携という点ではいろいろと難しいことも多く、 考えることも多い。
21日 猛暑で連投する高校生投手を不憫に思う(2001)
会議3連発で時間的余裕がなくなってしまう。昨年に比べてややぬるめのペースに はまっていたので、突然なくなった時間的余裕にあたふたしてしまった。 久しぶりにドタバタ感を楽しむのであった。
22日 新しい場所で初授業(2001)
明日締切のものがいくつかある。本来は昨日手を打つはずであったのだが、 それが出来ず、やや追い込まれた状況で作業を続ける。

京都パープルサンガ松井大輔が日韓戦の日本代表メンバーに選考されるという嬉しいニュースもあった。

23日 W杯来日中のチュニジアがG大阪と練習試合(2002)
100人以上相手の授業2つとゼミ学生との面談をこなす。 大学の仕事の中ではこの面談が間違いなく一番面白い。

昨年度のこの欄に「ちょっとばかり興味深い話が舞い込んできたので、とりあえず飛びついてみる。 どうなるかはまだ分からない。」などという記述あるのだが、一体何の話だったのか全く思い出せず 悩む。

福原愛が卓球世界選手権女子単でベスト8進出という快挙を果たした。 正直ここまでくるとは8年くらい前には考えてもいなかった。 日本の同年代の選手の中に次第に飲み込まれていく可能性が 9割で、うまくいって高校生のときに日本チャンピオンくらい ではないかと考えていた(もちろん世界では勝てない) のだが、同年代の日本女子に飲み込まれないような努力を きちんと続けていたことには敬意を払いたい。

24日 火星探査機に不具合発生というニュースが発表される(2002)
午前中の授業は久しぶりに授業10秒前まで準備をする(しかも中途半端に終わる) という追いつめられた中で開始となったが、あまりそういう部分は悟られずに こなせたように思う。やや忙し目であった今週もこれでのんびりとした流れに なった。お気に入りの食堂にてお気に入りのメニューを注文。昨年度は週に 何度か利用可能であったこの食堂も今年度はこの曜日しか利用することが出来ない。

その後、京都駅周辺で書籍をいくつか購入。昨年度と違い、 仕事場が人の少ないところであるので、京都駅付近で仕事がある日は 貴重であり、それなりに楽しみである。いわゆるデパ地下を空腹で通過しないように することだけが注意事項といえる。

楽しいのは昼間だけであった。京都2-4C大阪。

25日 西武vs近鉄において審判に不手際あるも全くニュースにならず(2002)
昨日の結果からは目を背けたい一心で、新聞を見るのも嫌である。 試合の翌日でありながら、研究室卒業生京都サンガファンにおける メールの送受信大会がないのは、チーム状況によるものなのか 学会前だからなのかは分からない。

特命リサーチ200Xにおいて、出身研究室が画面4分の1×2秒ほど映る。 台詞がなかったのが残念。

26日 京大23-0東大(2002)30年にわたる長期的大問題が一つ解決する(2001)
昼食に自作弁当を持参。一部の先生に驚かれる。ここ10年間、食事はほぼ100%外食 (自室での自炊以外)であったことを考えると信じられないことであるが、 いろいろと仕事環境にあった食事の仕方が身に付くものだ。 これからは弁当プランと外食プランを並行させていこうと思う。 このあたりの外食は種類は少ないが安い。

百万遍周辺の店にいきたくなる今日この頃である。

27日 貧乏さを指摘される(2002)
大学生に対して何か数学の話をするときに、「例えば2次関数なら、、、」という形で 例をあげていくことが、必ずしも誰でもすぐに思い出せる簡単な例ではなくなって きているということを強く実感する。2〜3年数学に触れないと忘れてしまうもの ですかね。微分の話なので、1次関数しか使えないとなるとほとんど話にならず、 結構困ります。

彦根は長浜よりも遠いことを毎週のように味わう移動時間の長い火曜日であるが、 帰りは早い。食材を購入。しばらく同じ弁当が続くことになるだろう。

28日 学生とW杯による授業終了時間微調整に関する打ち合わせ(2002)
会議日ということで、人の動きは慌ただしい。

夜の車内は1車両に18人、携帯操作をしている人数が8人、操作されている携帯は10個。

夜のコンビニでは阪神タイガース酒飲み音頭が有線で流れている。 これ流行るのでしょうか。去年のW杯でも六甲おろしを歌っていた人たち がこの酒飲み音頭に飛びつくとも思えないのですが、売れているんでしょうか。 優勝後に待っている年棒闘争→チーム崩壊 というオリックスと横浜が陥ったパターンにはまった場合、 この手の歌はこの上なく悲しいものになる。 「1番田尾はタイガース、2番平野はマリーンズ、、、、」 の二の舞いになりそうな歌は無理に流行らす必要はない。

29日 睡眠不足(2002)
TVCMを題材にした授業などをやろうとしており、学生に気になるTVCMを あげてもらったのだが、飲み物のTVCMが数多くあげられた。 確かに映像、音楽ともに記憶に残るものが多いのだが、ここまであがるとは 思わなかった。18,19才に飲み物のCMがかなりアピール出来ているようである。
30日 強い雨を浴びる(2001)
統計学の授業は、問題を解くことが出来なくても全く気にならず、解こうともしない 学生が多い。仕方なく、問題を解けた人から昼休みに突入(しかも解答を提出しないと 出席にならない)というシステムを導入。 データは隣の人の答えを見ても分からないように10通りほど用意した。 最終的には10通りのデータ全てに対する解答が出回っていたようであるが、 多少は効果があっただろう。

よりによって天気予報を見なかったときに限って台風が来たようである。 風が強く、学内の廊下には葉っぱが散在している。暗さ加減もあいまって、 荒廃した大学のような風景が眼前にひろがるのであった。

夜は山下軍団他と飲みに行く。

31日 W杯開幕(2002)
昨晩は久しぶりに飲んだ。朝目が覚めて、酒はすっかり抜けていたような気でいたのだが、 鏡を見ると目が赤い。朝から授業であり、この赤さはいただけない。

最近、サッカーの試合が面白くないことが多い。今日の試合も、 かつては黒部と朴が敵味方で戦う場面を思い描いていたものの、 両者ともに登録メンバーですらなく、さらにかすかな期待を抱いた 松井も登場することはない。加えて試合自体も面白くない。 そろそろ楽しいサッカーの試合を見たいものである。