[Tuesday Mar. 1, 2005] --- A.M.4:00起床 ---
**  昨夜はなんだか知らないが21時ごろから妙に眠くて、それでも懸命に起きていたのだが、22時半を前にして力尽きた。まったく、(多分昔の)小学生みたいである。
ともあれ、遂に3月に入ってしまった。最近は朝6時になるともう空が明るみ始めていて、まだ寒さは去らないものの確実に冬が過ぎ去っていく事を感じさせられる。哀しいばかりである。嗚呼、冬が終わってしまう…
ちなみに、これもなんでだか分からないが、自分は冬が大好きである。雪も好きである。秋も、その枯れた雰囲気が好きである。金木犀の香が漂ってくると、訳もなくノスタルジックな気分に浸ってしまう。
逆に、夏はあまり好きではない。京都のうだるような夏はキライである。一年周期のバイオリズムを考えた時、その底の時期が夏に当たる事が、年を経るごとに確信されつつある。では春は、というと、まぁまぁ好きである。花見はしたいし。しかし、次に控えている夏の圧力をひしひしと感じる季節でもあり、ある意味戦々恐々とする季節でもある。…変わっているだろうか。。いや、しかし自分の周りには案外、冬派、夏嫌い派が多い。
のでよしとする。ノットマジョリティ、万歳。
**  昨日のゼミで確認したのは、大学卒業までの今後の活動予定と方針であった。また、一応論文の方も大筋の流れはこれでOK、という感じである。論文書きのみに専念するのは、長くても3月2週目くらいが限度だろうか。GPSデータベース引継ぎ作業、観測機引継ぎ作業も漸次行っていく。さすがに、そろそろ身辺整理も始めないといけないし。
ちなみに3月3,4日辺りには、観測機を現在載せてもらっている、海上保安庁の観測船「つしま」に行く事になりそうである。恐らくこれが最後の訪問になるのだろう。なんとなく、手塩にかけた観測機とお別れするのには、一抹の寂しさを感じたりもする。個人的な話だが、これって自分のPCやバイクに向ける愛情みたいなものと、同類のものである。言葉にするのが難しい、所謂クオリアってやつか。。
- で、本日の予定。Discussion部分の見直し。そろそろAbstractも書き始める。
↓
- Discussion部分含め、図をいくつか修正。Intro〜Dataの英語表現訂正。とりあえずアブストを除く暫定版をボスに手渡して、今日は終了。
何だか眠い一日である。。。午前中が潰れてしまって、どうも一日のやる気が低下してしまった。いかんいかん。
とりあえず、海上保安庁の観測船「つしま」に3日お邪魔する予定が確定になったので、メール連絡を入れると共に新幹線のチケットなどを準備。初めて大学生協ルネで購入。便利だったのね。。。
[Friday Mar. 4, 2005] --- A.M.4時ちょっと前起床(自粛) ---
**  ありゃ…またもあっという間に週末である。うぅむ。。。
現在は海上保安庁の観測船”つしま”に載せて貰ったシンチレーションモニタの様子を見る為、東京は世田谷区の実家に滞在中である。
昨日はその”つしま”にお邪魔しに行ってきた訳だが、目的は、太平洋グァム近辺の航路上で取れたシンチレーションデータの引き上げ、及びGPSアンテナのより電波環境のよい場所への移設、であった。
アンテナ移設は、そもそもこの観測機で見たい現象(電波の乱れ)が周囲のノイズに埋もれてしまって見えない為に行われたのだが、様々なアンテナや複雑な構造体の林立する船の上で良好な電波環境を得ようとすれば、何とやらと煙と一緒に高い所に上らなければならない。結局、デッキにそびえるマストのような大きな塔になっている部分(これ、なんと呼ぶのが正式なのだろうか)の最上部に、アンテナを取り付けた。言葉で書くと一言ですむが、この作業がえらく大変だった。。。
**  準備を怠って、データ引き上げの方は一旦PCごと持ち帰って一晩でコピーする事になった。問題は、観測機そのもので。。どうも、調子が悪い様である。GPS衛星の信号を捕捉出来なくなっており、アンテナがいかれてしまったのか、と疑われる。しかし、昨日の午前中の晴れ間とうって変わって、今日は雪。もう、雪。
作業どころか、外出すら億劫になってしまうのだが、まぁいくら故障中だからといってもシステムにPCが無いと格好がつかないので、再セットには行かねば。
↓
**  で、7年ぶりに3月に降ったという雪も午後からは止んで、しずしずと出かける。何となく足取りが重めだったのは、雪のせいばかりではない。少しは、というかかなり、観測機の方は諦めムードだったので、まぁ最期を看取ってやるか、という感じだったのだが。これが一発逆転ホームランというほどではないにしろ、結局今までの作業は全て上手く行く事になったのである。
まぁ、簡潔に言えば、観測機が蘇ったのだ。蘇ったと言う表現はあまり適切ではないが、全くそんな風に感じられた。データコピーのため持ち帰っていたノートPCをセットして観測システムを立ち上げると、昨日から今日への天気の移り変わりのように、うって変わって正常にGPS電波を捉え、信号強度データを記録し始めた。
理由が全くもってさっぱりなのだが、推測するに、ソフト的なバグなり不具合なりが解消された可能性がある。他には、設置したアンテナが落ち着いた?可能性も。なんというか、一息入れるのは大事だよネ。
まぁともあれ無事アンテナ移設とシステム再起動を終えて、よしよし頑張れよ、とぢっと見つめてつしまを後にした
。
[Sunday Mar. 6, 2005] --- A.M.5:30起床 ---
**  心配された雪も新幹線の遅れも無い様なので、それなりに仮初の目的達成感を持ちつつ、午前中に東京を出発して京都に戻る。しかし早いもので(最近この事ばかり言っている気がする。しかしほんとに早い…)、この日記をつけ初めてからもう一ヶ月が経つ。中々、今の所2005年消費税分よりは過大な効果をもたらしているようではある。しめしめ。
**  で、京都に帰って夕方からは、サークルの先輩方が、一応卒業生祝いと言う事で大阪飲み会を開いてくださるのでそこに参加する。一応、というのは、社会人となっている先輩方がおっさんの旧交を暖める場ではなく一応進路の決まった後輩達の祝い、という意味である。終わってみれば結局、前者の意味合いが強い飲み会だったがまぁ、全く自分はそれで構わない。
飲み会の集合場所は梅田の紀伊国屋前だったのだが、何せ当方大阪の地理にはとんと疎い。歩き回るのもしんどいので駅員さんに尋ねる。曰く、”あの、ちょっとお聞きしますけど、紀伊国屋って、スーパーだか本屋さんだかはどこにあるんですか?”と。
勿論、駅にある紀伊国屋と言ったら、十中八九書店の方の紀伊国屋に決まっている。ちなみにご存知ない方の為に蛇足ながら補足しておくと、スーパーの方の紀伊国屋と言うのは、主に関東に存在する(?)高級スーパーマーケットである。各種輸入品や、100g千円とかするような牛肉が置いてたりする所である。ご近所のちょいと気取った主婦さんとかが、割とステータスっぽくKINOKUNIYAの買い物袋を下げていたりもする、中々アレなお店である。
まぁ、そういう背景を踏まえた微妙なイライラネタを、大阪のど真ん中(?)でしかけてみたのだが、普通に親切に教えて貰って、あっさり躱されてしまった。ぬぅぅ。。やるな、大阪。自分の仕掛けがイマイチだったか…次回への教訓としたい。
**  まぁ、そんなこんなで、という訳でもないが、飲み会での話のタネの一つに関西VS関東、というものがあった。ちなみに就職祝われ人の内訳は、関西一人、関東三人、というものであった。
個人的に、関西は大好きである。その文化、メンタリティは柔軟で面白くて、何と言うか日本人の強さを見る思いがするからだ。大学を京都に選んで、本当に心底良かったと思う。
一方で、もともと自分は東京と縁が深い。両親の実家とも東京であるし、自分の両親もまた現在は東京在住である。幼い頃は、帰省する事は田舎に帰ることではなく、一般的な帰省とは逆向きの移動をする事になり、だから世間の帰省ラッシュとかUターンラッシュとかは基本的にそ知らぬ顔でいる事ができた。まぁ、ここでも微妙にマイノリティである。なので、割と東京も嫌いではない。何と言うか、総体として見た場合、というか、東京という概念的な場所、を考えた際には(あるいは、世間的に流布されている東京のイメージを思い浮かべた場合は?)、非常に雑多、猥雑で人々の人情は薄く、自然環境も悪く、人の住むような所ではない、少なくともあんな場所が日本の中心だなんて意味ワカラン、という気分もないではない。
しかし同時に、幼い頃からの記憶――元来自分はばあちゃん子だった――は、東京という場所に対して、自分をして一種の郷愁を抱かしめる場所でもある。また、やはり日本の中心だけあって、色々なモノが集まってきているのだ。交通網は異常なくらい発達していて、便利さにおいて及ぶ都市は世界でも中々無いのではないだろうか。この、幼い頃からの仄かな郷愁と、圧倒的な便利さとが相まって、今の自分の東京への好意を、世間的な(関西的な?)東京への反発を凌駕せしてめているような気がする。
まぁ、そんな感じで、心は関西に、身は東京に、という事を主張してみたのだが、割と猛反発を喰らった。これ、つまりネタ的にアツイという事だろうか…若干ほくそえみながら、関西の方々のツッコミに対して粛々とボケ返してい(るつもりだっ)た。
気が付くと大分長くなってしまった。。。まぁ、非常に楽しい日曜日でした。